Amazonプライム・ビデオで、木村拓哉さん主演のドラマ『華麗なる一族』を最後まで観ました。
観終わってまず感じたのは、「こんなに残酷な結末なのに、なぜこんなに未来を感じるんだろう」という不思議な感覚でした。そしてもうひとつ、家族のすれ違いというのは、こんなにも小さなところから始まってしまうのだという、妙にリアルな実感です。この記事では、結末までの流れを振り返りながら、私がこのドラマから受け取ったものを、書いていきたいと思います。
この記事は最終回までのネタバレを含みます。まだ観ていない方は、ここで本編からご覧ください。結末を知らずに観たほうが、ラストの読後感が大きくなるものと思います。
Amazon prime videoに登録して「華麗なる一族」を見る夢を追う息子と、野望を追う父
結論:鉄平の死は悲劇であると同時に、万俵家の全員を「一族」というしがらみから解放する出来事だった。そしてその悲劇は、いくつもの小さな勘違いと推測の積み重ねから生まれたのです。
舞台は、高度経済成長期を迎える前の日本です。敗戦国となった日本が先進国の仲間入りを果たすには、モノづくりで世界と勝負するしかない。そう考えたのが、木村拓哉さん演じる万俵鉄平でした。物語は、鉄平が率いる阪神特殊製鋼が、夢の高炉建設に向けて巨額の融資を求めるところから始まります。高炉建設は、先代・敬介の夢であり、日本を支える鉄鋼マンとしての鉄平自身の夢でもありました。
一方で、鉄平の父・万俵大介は、万俵財閥の二代目であり、阪神銀行の頭取です。都市銀行12行中、預金量10位という立場で業界再編の渦に巻き込まれた大介は、生き残りをかけて「小が大を食う」吸収合併という野望を抱くようになります。財閥を存続させるために閨閥を広げ、家族は有力政治家の家系と縁を結ばされていく。そのため、万俵家の家族関係には、最初からどこか歪なところがありました。
夢と理想を追う息子と、現実と野望を追う父。二人はそれぞれにまったく異なる「正義」のもとで走り続けるのですが、その親子関係には、少しずつ綻びが生じていきます。その根っこにあったのが、鉄平は先代・敬介と、大介の妻との間にできた子ではないかという疑いでした。大介は鉄平を愛することができず、時には憎んですらいたのです。
鉄平が命を絶つまで
親子の綻びが最大になったとき、鉄平には絶望が次々と重なっていきます。阪神特殊製鋼は父の策略によって破綻に追い込まれ、先代の夢であり自分の夢でもあった高炉建設は消え去りました。父が、息子である自分を破滅させてでも阪神銀行を守ろうとしたことを知り、さらに大介は本当の父親ではないという出生の秘密まで知ってしまう。
そして最後に、父から「お前が生まれてこなければ、違った人生だったかもしれない」という言葉を向けられます。自分は生まれてきてはいけない存在で、万俵家に災いをもたらしたのは自分だ。そう悟った鉄平は、猟銃で自ら命を絶ちました。
血液型が明かした、あまりにも残酷な真実
ところが、鉄平の死後に行われた鑑定で、鉄平の血液型はB型だったことがわかります。
| 人物 | 血液型 |
|---|---|
| 万俵鉄平 | B型 |
| 父・万俵大介 | AB型 |
| 母 | O型 |
| 先代・万俵敬介 | A型 |
A型の敬介とO型の母の組み合わせからは、A型かO型の子しか生まれず、B型の子は生まれません。一方で、AB型の大介とO型の母の組み合わせなら、B型の子が生まれます。つまり鉄平は、疑われていたような「敬介の子」、大介から見れば異母弟にあたる存在ではなく、正真正銘、大介の実の息子だったのです。兄弟だと疑われていたのに、本当は親子だった。父は、実の息子を追い詰めていた。これが、この物語のいちばん残酷な結末でした。
ちなみに、現代の死亡診断書には血液型を記入する欄がありません。もし鉄平の死後に血液型が調べられていなければ、「異母兄弟だったのか、親子だったのか」は誰にもわからないまま、真実は永遠に閉ざされていたかもしれないですね。
小さな勘違いが、親子を引き裂いていった
では、なぜ大介はそこまで強く「鉄平は自分の子ではない」と思い込んでしまったのでしょうか。作中を振り返ってみると、決定的な証拠があったわけではなく、いくつもの小さな推測と勘違いが重なっていたことがわかります。
出発点は、先代・敬介と大介の妻との間に何かがあったことをうかがわせる描写でした。そのとき妻には意識がなく、本人にも詳しいことはわかりません。そこから、鉄平は「そのときの子どもではないか」という推測が生まれます。しかも鉄平は祖父の敬介にそっくりで、父の大介には似ていませんでした。祖父に似ること自体は珍しくないはずなのに、その「似ていること」が、疑いをさらに強めてしまいます。
印象的だったのが、万俵家の広大な敷地にある池の鯉、「将軍」と呼ばれる黄金の鯉のエピソードです。将軍は敬介が手を叩いたときにだけ姿を現し、大介が叩いても出てきませんでした。ところが、大介に言われて鉄平が手を叩くと、将軍が姿を現す。この出来事もまた、血筋は「敬介から大介、そして鉄平」ではなく「敬介から鉄平」なのではないか、という推測に結びついてしまいました。そこに、作中で何度も語られている戦時中の集団検査での血液型の判定ミスが重なり、ここまでの推測に「裏付け」を与えてしまったのです。
そして結局、敬介は大介の妻に何もしていませんでした。もし敬介が、あのときのことを大介にきちんと説明していれば。大介がひとりで推測を膨らませてしまう前に、真実を言葉で伝えていれば。ひとつひとつは決定的な証拠とは言えない小さな出来事ばかりだったのに、それが積み重なった結果、家族全体に大きな綻びが生まれてしまいました。
大介が手に入れたもの、失ったもの
最終回で、大介の計画どおり阪神銀行と大同銀行の合併が成立し、新しく東洋銀行が誕生します。「小が大を食う」合併は、見事に成し遂げられました。ところがラストでは、永田大蔵大臣が大介の娘婿・美馬に、富国銀行に東洋銀行を吸収合併させるよう命じます。大介が息子を失ってまで勝ち取った合併は、大臣にとっては銀行再編を進めるための布石にすぎなかったのです。
これは現実の歴史を見ても、うなずける結末だと思います。阪神銀行のモデルとされている神戸銀行は、1973年に太陽銀行と合併して太陽神戸銀行となり、1990年には三井銀行と合併して太陽神戸三井銀行に、1992年にさくら銀行へと名前を変え、2001年には住友銀行と合併して、現在の三井住友銀行になりました。下位の都市銀行同士の合併から始まり、最終的には大手銀行の一部になっていく。ドラマのラストが暗示していた「大が小を食う」流れは、現実でもそのとおりになったわけです。
大介は、阪神銀行と万俵家を守るために、実の息子を追い詰めました。けれど、その合併さえも、時代の大きな流れの中ではひとつの通過点にすぎなかったのです。何を守るために、何を失ったのか。すべてを手に入れたはずの大介が、いちばん大切なものを失っていたことが、このドラマのもうひとつの残酷さだと感じました。
鉄平の死が「解放」に見えた理由
ここまで残酷な物語なのに、正直に書くと、このラストで私がいちばん衝撃を受けたのは、悲しみよりも先に「解放」を感じたことでした。
ドラマ全体を通して、家庭にも周囲の人間関係にも、ずっと不協和音が鳴り続けているような息苦しさがありました。観ている私自身も、それをずっと感じていました。ところが鉄平の死を境に、その不協和音がすっと消えていく。一家の蟠りも、全員が縛られていた「万俵一族」というしがらみも、ほどけていく。主人公の死が、残された全員にとっての未来を感じさせる。そんな結末には、なかなか出会えるものではありません。
それでも観終わってから、ずっと考えてしまうことがあります。もし、あの小さな勘違いや推測がひとつもなかったら、どうなっていたんだろう、と。鉄平には、利他的な精神と、純粋な鉄鋼マンとしての高い理想、そして周りを動かす行動力とリーダーシップがありました。父と息子が同じ方向を向いていれば、鉄平はきっと日本の高度経済成長を支える存在になっていたはずです。万俵家も、本当の意味で「華麗なる一族」として繁栄できたかもしれない。むしろ鉄平自身が、あの池の「将軍」のような存在になっていたのかもしれません。
そこまで考えると、家族のすれ違いというのは、たとえ小さなものでも、少しずつ大きな綻びにつながっていく可能性があるのだと感じます。ドラマの中の話なのに、自分の実感としても落とし込めるような内容でした。
これから『華麗なる一族』を観る方へ
重厚な経済ドラマでありながら、根っこにあるのは「親子」と「家族」の物語です。途中で間をあけずに一気に観ると、ラストの重みがより深く理解できると思います。観終わったあと、しばらく余韻から抜け出せないドラマでした。
Amazon prime videoに登録して「華麗なる一族」を見る

コメント