膵癌化学療法の選び方を考える(JCOG1611試験から)

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30代の消化器内科医。普段は某大学病院で消化器がんの診療・研究をしています。妻と1歳の子供との3人暮らし。地元の公立小中学を卒業し、私立大学医学部を奨学金利用し卒業。20年間のauユーザー、趣味は旅行と最近はブログ。そんな医師の日常を記事にします。不定期更新。

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JCOG1611試験(GENERATE試験):転移・再発膵癌の一次治療、GnP療法の推奨を支持する結果に

はじめに


転移・再発膵癌は予後不良な疾患であり、一次化学療法の選択は重要な課題となっています。
過去の試験からは、GnP療法(MPACT試験)にするのか、FOLFIRINOX療法(PRODIGE4/ACCORD11)にするのが良いのかという議論が多くありましたが、これらを直接比較した試験はありませんでした。JCOG1611試験(GENERATE試験)は、この疑問に答える初めての大規模ランダム化比較試験となりました。
日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)が実施したこの試験は、2023年10月に欧州臨床腫瘍学会(ESMO)で結果が発表され、2024年にJournal of Clinical Oncologyに掲載されています。

※個別の治療内容、方針については各施設・主治医により異なります。あくまで参考記事としてご覧ください。

試験デザイン

本試験は、遠隔転移を有するまたは再発膵癌患者を対象とした第II/III相ランダム化比較試験です。
標準治療であるゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法(GnP療法)に対して、modified FOLFIRINOX療法(mFOLFIRINOX)およびS-1+イリノテカン+オキサリプラチン併用療法(S-IROX療法)の優越性を検証することを目的としました。

対象患者: 組織学的または細胞学的に腺癌または腺扁平上皮癌と診断された20歳以上75歳以下、PS(全身状態)0-1の患者です。527人の患者が3群にランダムに割り付けられました。

治療レジメン

• A群(GnP療法):ナブパクリタキセル 125mg/m²、ゲムシタビン 1,000mg/m² を1、8、15日目に投与、4週ごと
• B群(mFOLFIRINOX療法):オキサリプラチン 85mg/m²、ロイコボリン 200mg/m²、イリノテカン 150mg/m²、5-FU持続静注 2,400mg/m²、2週ごと
• C群(S-IROX療法):オキサリプラチン 85mg/m²、イリノテカン 150mg/m²、S-1 80-120mg/日、2週ごと

主要評価項目と結果

本試験の主要評価項目は全生存期間(OS)でした。2023年3月に実施された中間解析の結果、mFOLFIRINOX療法とS-IROX療法のいずれも、GnP療法に対する優越性を示すことができませんでした。

中間解析時の全生存期間

GnP療法:17.1ヶ月
mFOLFIRINOX療法:14.0ヶ月(ハザード比 1.31、95%CI 0.97-1.77)
S-IROX療法:13.6ヶ月(ハザード比 1.35、95%CI 1.00-1.82)

試験継続時に最終解析で優越性を示す予測確率は、mFOLFIRINOX群で0.73%、S-IROX群で0.48%と極めて低く、試験は無効中止となりました。

最終解析(2024年3月)の全生存期間

GnP療法:15.3ヶ月
mFOLFIRINOX療法:12.5ヶ月(ハザード比 1.27、95%CI 1.01-1.61)
S-IROX療法:13.2ヶ月(ハザード比 1.23、95%CI 0.98-1.56)

無増悪生存期間(PFS)

興味深いことに、PFSは3群でほぼ同等でした:

• GnP療法:6.5ヶ月
• mFOLFIRINOX療法:5.9ヶ月(ハザード比 1.06)
• S-IROX療法:6.0ヶ月(ハザード比 0.96)

安全性

有害事象に関しては、治療関連死亡がS-IROX療法群で1例(脳卒中)発生しました。
Grade 3以上の消化器毒性(食欲不振、悪心、下痢)は、mFOLFIRINOX療法群とS-IROX療法群でGnP療法群よりも高頻度に認められました。

主な有害事象の比較

食欲不振(Grade 3以上)
• GnP群:5.2%
• mFOLFIRINOX群:22.8%
• S-IROX群:27.6%

発熱性好中球減少症
• GnP群:3.4%
• mFOLFIRINOX群:8.8%
• S-IROX群:7.5%

なぜGnP療法が良好な結果を示したのか?

試験が開始された当初、わたしたちはより強力なレジメンであるmFOLFIRINOXとS-IROXが優越性を示すことが期待していました。
しかし結果は予想と異なるものでした。その理由として、以下の要因が考えられています。

後治療(二次治療)の違い

重要なポイントとして、後治療の選択肢の差が挙げられます:
• GnP群:22.2%の患者が二次治療でNal-IRI(オニバイド)ベースのレジメンを受けた
• mFOLFIRINOX群:1.1%のみ
• S-IROX群:0.6%のみ
一次治療でイリノテカンを使用しなかったGnP群は、二次治療で効果的なオニバイド(nal-IRI + 5-FU/LV)を使用できましたが、mFOLFIRINOXやS-IROX群では既にイリノテカンを使用済みのため、選択肢が限られました。

これは、PFSでいずれの群でも統計的な差が証明されていないことが裏付けているものと思われます。

消化器毒性による治療継続性の違い

高度な食欲不振は:
• 患者のQOLを著しく低下させる
• 栄養状態の悪化を招く
• 治療継続を困難にする
• 結果として後治療への移行率を低下させる
これらが総合的に全生存期間に影響した可能性があります。

日本人集団における薬剤代謝の特性

本試験は日本人集団のみを対象としており、FOLFIRINOXの成分を代謝する能力には人種差があることが知られています。欧米人とアジア人では体格も薬物代謝酵素も異なりますから、日本人集団では毒性が強く出やすい可能性も指摘されています。

感想:臨床現場からの視点

今回のJCOG1611試験の開始が公表されてから、S-IROXレジメンが新たな選択肢として使用可能になることを期待していました。
しかし、結果はGnP療法がmFOLFIRINOXやS-IROXに劣らない、むしろ数値的に良好な成績を示すというものでした。
実際に抗がん剤治療を行っている医師の立場からは、この結果は臨床感覚と合致する内容です。FOLFIRINOXよりもGnP療法の方が、患者さんの負担が少なく、かつ全体的な治療成績が良いという印象を持っていたからです。

しかし、未だ治療選択肢が他のがんと比較して少ないので、今後の治療開発に期待したいところです。

今後の治療戦略

今回の結果を踏まえ、私たちの病院では以下のような治療方針でやっています。

1. 一次治療:GnP療法を選択
2. 二次治療:オニバイド(nal-IRI + 5-FU/LV)へ移行
3. 並行して:がん遺伝子パネル検査を実施し、個別化治療の可能性を探る
4. 分子標的薬・免疫療法:適応があれば導入を検討

特に、オニバイドは膵癌の二次治療で唯一、第III相臨床試験(NAPOLI-1試験)により有効性が確認された治療です。GnP療法から開始することで、この効果的な二次治療への道筋を確保できることは大きなメリットだと思います。

また、治療中にがん遺伝子パネル検査を行うことで、確率はとても低いもののBRCA変異やMSI-High、TMB-Highなどの特定のバイオマーカーを持つ患者では、PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬といった新たな治療選択肢が広がる可能性があります。

まとめ

JCOG1611試験は、転移・再発膵癌に対する一次化学療法において、GnP療法の有効性と安全性を再確認する重要な試験となりました。

• GnP療法は、mFOLFIRINOXやS-IROXと比較して数値的により良好なOS
• 消化器毒性が少なく、治療継続性に優れる
• 二次治療でオニバイドなどの効果的な治療を使用できる
• 日本人集団における初の直接比較試験として重要なエビデンス

治療選択においては、患者の全身状態、臓器機能、消化器症状の有無、さらには後治療を含めた全体的な治療戦略を総合的に判断することが重要です。

参考文献

1. Ohba A, et al. Modified Fluorouracil, Leucovorin, Irinotecan, and Oxaliplatin or S-1, Irinotecan, and Oxaliplatin Versus Nab-Paclitaxel + Gemcitabine in Metastatic or Recurrent Pancreatic Cancer (GENERATE, JCOG1611): A Randomized, Open-Label, Phase II/III Trial. J Clin Oncol. 2024.
2. JCOG1611試験 総括報告書. 日本臨床腫瘍研究グループ. 2025年1月31日.
3. Kobayashi S, et al. GnP vs mFOLFIRINOX or S-IROX in metastatic pancreatic cancer: 1-year follow-up updated data from the GENERATE (JCOG1611). Ann Oncol. 2024;35(suppl 2):S932.

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