奨学金返済日記①-奨学金返済生活の8年間が気づかせてくれた重要なこと4つ

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奨学金

医学部受験を考えている方や、既に奨学金を利用して医学部に通っている方へ。
医師8年目にして、日本学生支援機構の第二種奨学金を完済した私自身の奨学金返済生活で感じたことについてお話しします。

医師以外の一般家庭からでも医学部は通えるのか?
将来の生活に困らないか?
奨学金の返済はいつまで続くのか?
心理的に負担にならないか?

など、奨学金に関する疑問は人により様々です。

今回は私の奨学金返済当時の心境をから、奨学金が私の医師人生に与えた影響についてお伝えします。

人によっては共感できかねることもあるかもしれませんが、この記事が医学部進学を考える方や、奨学金返済に不安を感じている方の参考になれば幸いです。

本記事はあくまで私個人の体験談です。現在の返済利率や借入条件によって、返済計画は異なりますので、各自でしっかりと返済計画を立てることをお勧めします。

まず、私が借りた奨学金の総額は、第二種奨学金の上限である1,152万円です。

月額16万円を6年間にわたって借り入れました。
26歳の時、卒業と同時に 
借金 1152万円を背負ったということです。

卒業後から毎月約 4万5,000円前後を240回に分けて返済する予定でした。

このペースでは完済するのは46歳、つまり2036年になる計算です。
(利率算定は見直し方式をとっていたので、支払額は徐々に変動あり)

この返済額が、私が研修医としてスタートを切った瞬間から始まったのです。
医師としての医療への情熱や責任感やプレッシャーと同時に、膨大な借金の返済という現実が私に重くのしかかりました。

研修医として働き始めてから、奨学金の返済が始まってから月々4万5千円が口座から引き落とされるたびに、

「もしこのお金があればもっといろいろできたのに…」

という考えが頭をよぎっていました。常によぎっていました。

研修医の同期で奨学金の返済をしている人は1人もおらず、
家賃の比較的高い部屋を借りていたり、車を買っていたりと、だいぶ余裕のある暮らしをしていて、うらやましかった。隣の芝がとてもとても青く見えていたのです。

「周りは比較的自由にお金を使えているけど、自分には支出に制限がある」

そんなふうに卑屈に考えていました。それは私立大医学部に通学していた時の感覚の延長だったようにも思います。私立大医学部へ通学していた時の心境などについては、また後日記事にします。

とまあ、だいぶネガティブな思考が先行したわけですが、
これが結果として「医師として生きていく上で重要な要素」に気づくきっかけとなったのです。

特に大きかったのは以下の3つでした。

1. 医師として学ぶ姿勢への影響

まずはじめに、奨学金返済は、私にとって単なる経済的な負担ではなくて、医師としての生き方や価値観に影響を与えたと感じています。

それは毎月決まった金額の奨学金返済があることにより、徐々に

「医学部を親だけではなく、自分自身の力も使って卒業したのだ」

という自覚が生まれました。これは特に医師として学ぶ姿勢に大きく影響しました。

一般的には大学は親御さんの援助のみで卒業することになりますが、
私のように奨学金を利用した場合、「将来の自分自身が働くことで自分の学費を稼ぐ」という、いわば自分への先行投資をします。

そうすることで、「医学部卒業の学費の多くは自分自身で稼いだのだから、一円たりとも絶対に無駄にしてはいけない」という感覚になりました。

この感覚が生まれたことにより、自然と医学に対して真摯に向き合うようになったと感じています。

ケチケチした感覚かもしれませんが、医学を学ぶためにはとても大きなモチベーションの一つになりました。

2. 研修医との関わり方に影響

自分の学費を取り戻すため、医学に関する勉強はもちろん、積極的に仕事に取り組めるようにもなりました。

自分自身が学んだこと、経験したことをもとに、研修医同期とは症例や病気の知識、診療方針に関するディスカッションをしたり、お互いに教えあったり、また、自分たちが医師としてどうあるべきか、ということをよく議論していました。

そして、失敗や上司に怒られたりしたとき、仕事が本当にきつくてしんどかったとき、支えてくれたのはいつも同期でした。
今思えば、これが切磋琢磨というやつだったのかもしれません。

同期とはプライベートで遊びに行ったりもしたのですが、それ以上に医療に対して深く考える時間を共有できたことは、今の医師人生のうちでも大きな出来事のひとつとなりました。

こうして苦楽を共にした同期とは、今でもことあるごとにわざわざ飲みに行ったりしていて、いまだに仲よくしています。

3. 患者さんとの接し方に影響

3つ目に、一番重要なことは患者さんとの接し方に影響が出てきたことです。

とくに研修医時代は、まだ医学の知識も経験も少ないので、1人ひとりの患者さんのことを常に考えながら生活をすることになります。

家に帰っても、「この患者さんをよくするには、どういう検査や治療をするべきだろう?」
「本当にこの方針が、この人にとっていいのだろうか?」などと、よく考えていました。

そうする中で、患者さんの病気に関することだけを考えるのでは不十分だと気づきました。
患者さん自身の性格や生活はについて、普段の生活についてなど、時間のある時に病室に行って診察のついでに雑談をしにいくようになりました。(内心嫌だった人もいるとはおもいますが、、、)

こうした過程を通じて、

「この患者さんへはどういった声をかけてあげればいいのだろう?」
「この患者さんに説明するには、どういった言葉で説明すればいいのだろう?」
「自分がこの患者さんだったら、今の言動はどう感じるだろう?」

と、今では医療者として最も重要な、目の前の患者さんの立場になって考えようとする習慣が身についたと思います。

私と患者さんとでは境遇も違えば、立場も違うので、目の前の患者さんのことを「分かる=心情も含めて完全に理解する」ことは、絶対にできません。でも、かろうとしない限り、何もわかりませんし、患者さんとの距離は永遠に遠いままです

ここに気づいた時から、医師として患者さんとの関わるときに
「目の前の患者さんのことを少しでもわかろうとする」
というものが診療の一番の軸となりました。

周囲の医療スタッフの意見を参考にするようになった

最後にこれもかなり大きかったように思います。
自分自身で考え学び、患者さんとコミュニケーションをとっても、どうしても考えられない部分があります。医者だけの知識では足りませんし、医者-患者の関係だと、なかなか引き出せない情報がやはりあるからです。

また、患者さんの診療をよりよくするためには、どうしても他の専門家の意見を聞く必要がありました。それは、看護師さんや薬剤師さん、PT,OT,STさんやソーシャルワーカーさん、事務さんなどです。

医師は意外と、診断や治療自体に関する知識はあるものの、患者さんの生活のこと、社会制度のこと、そして薬剤知識のことはそれぞれの専門家(ワーカーさんや薬剤師さんなど)よりは知識はありません。

「この患者さん、こんなこと言ってましたよ」
「実は家庭環境が、、、」
「この薬、処方間違えてますよ、、」

など、こういったコメディカルの方達の声をもとに、患者さんを多くの視点から診ることができれば、もっとよりよい医療が提供できると気づくようになりました。

医者はプライドが基本的に高いのですが(多分私もそうなってしまったかもしれない)、周りの意見もきちんと聞けるような医師でありたいと思います。

奨学金の返済は金銭的制約を伴います。実際の返済中にはそれなりに経済的・精神的な負担感があります。
しかし、それを経験することで、医療者としての倫理観や責任感が強くなること事実です。

むしろ人より少し困難な状態であるくらいが、周りよりも成長できるはずです。

これから医学部を目指したいけど、奨学金返済に不安を抱えている方、医師になりたいという気持ちはどうか大事に、自分の道を進んでくださいね。

もしも返済について質問がありましたら、コメントからお願いします。

おわり

奨学金返済日記②につづく

dr-infoblog

30代の消化器内科医。普段は某大学病院で消化器がんの診療・研究をしています。妻と1歳の子供との3人暮らし。地元の公立小中学を卒業し、高校・大学受験。私立大学医学部を奨学金を使って卒業。そんな医師の普段の生活にまつわるあれこれを記事にします。

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